今回取り上げるのは、おなじみの定食屋さん大戸屋です。

まずは、5/29のMJの記事から。

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・大戸屋ホールディングスは今春、店舗で使うカツオ節を刷新。
・削り済みの商品を使うのではなく、必要量を各店舗の厨房で削るようにした。
・窪田健一社長は「削りたては味も香りも抜群。料理をおいしくするには欠かせない。」と強調。
・「利益は上げたい。しかし、何よりもお客さんにまた来てもらうことが最優先だ。」と力を込める。
・会社員らの支持を背景に成長してきた大戸屋だが、2008年のリーマンショックが業績を直撃。
・月平均で810万円だった既存店売上高は一気に770万円まで落ち込んだ。
・「お客が減った状態で効率性を求めても意味がない」と考えた窪田社長は従来以上に手間暇をかけて、店舗や商品の価値を高める戦略にカジを切った。
・現在の客単価は850円と定食屋として決して安くはないが、直近36か月の既存店売上高は30か月で前年実績を上回る。
・窪田社長は「従業員教育を充実させ、手作りの部分をもっと増やしたい」とぶれない。
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さて、この大戸屋の施策、とう思うだろうか。

やはり、品質を愚直に追及する姿、ぶれない経営姿勢はさすが、というような感想だろうか。

そういった感想であれば、間違いではないですが、この施策の本質を見失っているかもしれません。

マーケティング的な仕掛けは?

商品の価格は、ベネフィットと労働が関係しています。

ベネフィット、とは、その商品の効用を表します。

しかし、ベネフィットだけでは、商品として成立しません。

そこに、労働というファクターが加わらなければならないのです。

例えば、きれいな清流に水が流れているとします。

しかし、そこに流れている水は、それだけでは商品ではありません。

そこに、労働が加わっていないからです。

そのきれいな清流の水を採取し、厳しい検査などして、ちゃんとボトリングするという労働が加わって初めて商品となるのです。

そして、その労力が多くつぎ込まれていると’想像’されるほど、値段が高くなります。

例えば、同じ靴でも、手作りの靴と、機械で作った靴では、ベネフィットとしては同じでも、手作りの靴のほうが高いのが普通です。

手作りの靴のほうが、高くても消費者は納得するわけです。

つまり、消費者というのは、ベネフィットだけを買っているわけではない、ということになります。

さて、ここで、先の大戸屋の施策を考えていくと、

”より労力をかける”、ということをやっています。

そしてそれを知らしめることによって、”安くない価格の納得性を上げる”ことが実現できていることがわかります。

実際、わたしはこの情報を得ることにより、さすが大戸屋さん、ちゃんとした商品を提供しているな、と好感を持ちました。

ここで、ポイントは、鰹節を店で削ることではなく、鰹節を店で削っていること、アピールすることです。

アピールして、はじめてそのこだわりがマネタイズできるわけです。

応用例

多くのグルメ番組でも、素材へのこだわりだとか、その味を出すため努力をしていることを盛んにレポートしていますが、これも、”労働力”のアピールによって、価値を増幅させていると考えることができます。

単に、労働力の大きさをアピールするだけではなく、より職人芸であるとか、その職人芸の域に達するまでにかかったコストを想像させるような労働力であれば、より訴求力が高くなるし、価格も高くできます。

”世界料理オリンピックで金賞を受賞したパティシエが贈るスイーツ”であれば、賞を受賞するほどの腕前になるまでにかかった労力に対して、代金が支払われる、ということになるわけですね。

おまけ

僕らの消費生活を振り返ってみて、合理的に生きようとすると、どうしても機能的なベネフィット中心にした消費行動をとってしまいます。

大型ショッピングモールでファーストフードの食事をとるなど。

しかし、そればかりになってしまうと、価格を安く提供できる大きな資本に抵抗するすべがなくなってしまいます。

実際、そういった圧力はとても大きなものがあります。

それに抵抗するすべとして、”質の高い労働力”アピールという手法は、弱者が強者に戦う際の最も基本的な施策として有効です。

なぜなら、強者が提供する大量生産低価格は、”質の高い労働力”という手間暇を排除し、工業化することによって実現したとも考えられるからです。

一般に、手間暇はコストととらえて、削減しがちですが、今一歩立ち止まって、”質の高い労働力”としてアピールできないかを検討してみてもよいかもしれません。